2010年04月27日

【新・関西笑談】さらば火の玉流(3)将棋棋士九段 有吉道夫さん(産経新聞)

 ■奨励会に入るも一人勝てず、悩む日々 進級できたときは目の前に虹が出た。

 −−棋士の養成機関である奨励会には3級で入会されました

 有吉 倉敷から大阪まで機関車で6時間かけて行き、1日3局指すんですが勝てなくて…。私は知識偏重で、実戦で鍛えたものではない。奨励会では理屈を考えている間に腕力で負かされてしまう。岡山からカモがネギしょってきた、と思われていたんでしょう。

 −−やめたいと思ったことは

 有吉 1年後、兄弟子も弟弟子も2段階昇級したのに、私だけ3級のまま。親の猛反対を押し切って奨励会に来たのに…。勉強は好きだったから高校に行こうかとも。

 −−大山康晴十五世名人に相談を

 有吉 いや、師匠には言いにくかったので、対局の帰りに泊めていただいていた神戸の外科の先生に「才能ないのがわかりました。勉強しなおそうと思います」と打ち明けたんです。すると、その先生は「いつも詰め将棋の本をポケットに入れ、まじめに勉強していた。弟子3人のなかで一番強くなると思っていた。もうちょっとやってみたら」とおだててくれたんです。2カ月後に2級になれました。

 −−人生の転機ですね

 有吉 四段になったときも、棋聖を取ったときもうれしいが、このときは目の前で虹が出た感じ。“もう少し頑張る”は、原動力になった。どんなときも使える言葉ですね。

 −−それからは将棋に身が入るように?

 有吉 今ではリアルタイムで棋譜が手に入りますが、50年以上前など東京であった対局の棋譜が大阪に届くのは1カ月後。郵便でまとめて送られてきたのを、手書きで写していましたよ。

 −−時代を感じます

 有吉 当時も奨励会員が記録付けをしており、持ち時間が各8時間の対局が終わるのは深夜2時前後。一番電車を待つ間、将棋したり棋譜を写していたんですが、お酒が入ると困ったこともあって…。

 −−対局場で飲酒ですか?

 有吉 以前の将棋会館は隣に酒屋さんがあって、前もってお酒を用意しておくのも奨励会員の仕事でした。冬場の深夜など火鉢だけでは寒いから、棋士は体を暖めるため飲みながら対局後の感想戦をするんです。あるとき、指し手に見解の違いがあったようで、興奮した1人が将棋盤を振り上げ、相手が火ばしで応戦しようとしたことがありました。巻き込まれたくないから、隠れて見てました(笑)。

 −−そういえば、現在の将棋会館建設には、理事として相当、苦労されたとか

 有吉 企業に寄付金をお願いしに足を運んだんですが、対局相手以外に頭を下げることがない職業と思っていたから、お金を集めるのがいかに大変か。当時、理事長だった大山さんが行けば社長や役員クラスが出てきてくれますが、理事だった私のような若造が行っても、総務部の方に会えるのがせいぜい。将棋に関心がある企業ばかりではないですしね。

 −−昭和56年に土地代と建設費あわせ6億5千万円の会館が、大阪市福島区の現在地に完成しました

 有吉 福島駅(JR、阪神)から近い場所で、棋士もファンも利用しやすい。会館が阿倍野区北畠にあったときは、事務職員を募集しても応募がなかった。木造2階建てが不安だったんでしょう。それが引っ越した直後には、多くの応募があった。中身がしっかりしているのはもちろんですが、器も大事ですよ。(聞き手 伊藤洋一)

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2010年04月24日

亡き息子に捧ぐ4首 JR脱線事故遺族 歌集を自費出版(産経新聞)

 ■英也よ 安らかに逝け 汝がために 父はも哭かむ 母はも哭かむ

 乗客106人が犠牲になったJR福知山線脱線事故で、長男の英也さん=当時(44)=を失った植木安さん(79)=兵庫県川西市=が2月下旬、歌集を自費出版した。40年近くにわたり詠んだ歌は、約1800首。その中に4首、英也さんを悼みつづった歌をしのばせた。≪英也よ 安らかに逝(い)け 汝(な)がために 父はも哭(な)かむ 母はも哭かむ≫。三十一(みそひと)文字に、亡き息子への思いを込めた。

 ≪あはれ英也 四月廿五日 九時十八分 四十四を一期 いのち了(おわ)んぬ≫

 平成17年4月25日、英也さんは兵庫県猪名川町の自宅から大阪市内の勤務先に向かうため、快速電車の先頭車両に乗車していた。植木さんが変わり果てた英也さんと対面したのは、3日後の28日午後。息子の顔にそっと手を当てることしかできなかった。

 家族と音楽をこよなく愛した英也さん。妻と当時高校2年の長男、中学2年の次男を残して逝かざるを得なかった息子の無念さに、涙がこぼれた。

 ≪妻に子に いかばかり 心残りしか 無念を思(も)ひて 涙とどめず≫

 翌29日早朝、目が覚めると英也さんへの思いが高まり、歌が自然と心に浮かんだ。30日の葬儀では、出棺の前にその4首を詠みあげたが、涙があふれて最後は声にならなかった。

 あれから5年がたとうとする今春、英也さんの次男も長男に続き、大学に入った。事故を乗り越え、歩みだそうとしている孫たちの成長が頼もしい。あのとき息子に届けようとした4首を、600ページを超える歌集の巻末近くに「子を送る 四首」と題して収めた。

 最後の1首には、悲しみが二度と繰り返されないことを願い、死亡した運転士を含め、事故で亡くなった人全員への思いが込められている。

 ≪憶ふべし 失(う)せし人々 百七人(ななたり) 地の底ゆ聞く 慟哭(どうこく)の歌≫

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